大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行ケ)62号 判決

原告

三洋電機株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官 【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

特許庁が平成10年異議第70751号事件について平成10年12月21日にした取消決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「電気掃除機」とする特許第2648043号の特許発明(昭和62年2月13日に出願した実願昭62-18859号(以下「原々出願」という。)の変更出願である特願平3-36595号(以下「原出願」という。)を原出願とする分割出願であって、平成9年5月9日に特許権設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

本件発明の特許について、【H】等から特許異議の申立てがあり、特許庁は、これを平成10年異議第70751号事件として審理した結果、平成10年12月21日に「特許第2648043号の特許を取り消す。」との決定をし、平成11年2月12日にその謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲

(1)  本件発明

掃除機本体に一端部が接続される可撓性ホースと、該ホースの他端側が接続される接続パイプと、該接続パイプに回転自在に接続される把手パイプと、該把手パイプに接続される延長管と、該延長管に接続される床用吸込具とを備え、前記把手パイプに把手部を形成し、把手部の延長管側にリモートコントロールスイッチを配設すると共に、前記把手パイプに、リモートコントロールスイッチに接続される導電性摺接体を設け、前記接続パイプに、導電性摺接体に電気的に接続され、可撓性ホースに付設された導電線を介して掃除機本体に接続される導電性摺接片を配設したことを特徴とする電気掃除機。(別紙図面参照)

(2)  原出願の発明

掃除機本体に一端部が接続される可撓性ホースと、該ホースの他端側が接続される接続パイプと、該接続パイプに回転自在に接続される把手パイプと、該把手パイプに接続される延長管と、該延長管に接続される床用吸込具とを備え、前記把手パイプに、把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し、把手部の延長管側にリモートコントロールスイッチを配設すると共に、把手パイプに、リモートコントロールスイッチに接続される導電性摺接体を設け、前記接続パイプに、導電性摺接体に電気的に接続され、可撓性ホースに付設された導電線を介して掃除機本体に接続される導電性摺接片を配設したことを特徴とする電気掃除機。

3  決定の理由の要点

別紙決定書の理由の写しのとおり、本件発明と、原出願に係る発明(以下「原出願発明」という。)は実質的に同一であり、本件発明の出願は、2以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願としたということはできないから、本件分割出願の時に特許出願されたものとして扱うべきであるとしたうえで、本件発明は、原々出願に係る実願昭62-18859号(実開昭63-129557号)のマイクロフィルムに実質的に記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当すると認定判断した。

4  本件発明に係る明細書の記載

本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)には、本件発明に関して、次の記載がある。

(1)  「【産業上の利用分野】本発明は、電気掃除機に係わり、特に、可撓性ホースのねじれを防止することのできる電気掃除機に関する。」(本件特許公報1頁左欄末行ないし右欄2行)、「【従来の技術】掃除機本体の吸込口にホースが固定的に連結されていると、掃除の進行に伴い掃除機の向きを変える手間が入り、また吸込口との接続部に無理な力が加わり、ホースの破損、ホースのねじれが発生するので、実公昭46-17346号公報のように、掃除機本体の上面に上向きに開口する吸込口を形成し、これにホースの一端に接続した屈曲した吸込管を回転自在に差し込むものが提案されている。」(同1頁右欄3行ないし10行)

(2)  「【発明が解決しようとする課題】しかしながら、この従来技術では、ホースのねじれを解消するのに、ホースだけでなく、その先につながれている延長管共々、掃除機本体の吸込口に対して公転的に相当量の重量物を回すこととなり、容易でない。また、ねじりが強くなると、この公転操作だけでは満足にねじれが解消できなくなり、それを繰り返すことでホースが破損してしまう懸念があった。本発明は、上記欠点に鑑みなされたもので、ホースのねじれを確実に防止し、より一層使い勝手のよい電気掃除機を提供することを課題とする。」(同1頁右欄11行ないし2頁左欄5行)

(3)  「【作用】これにより、ホースがねじれても、手に持った把手パイプに対してホースが自動的に回転してねじれをなくすことができ、掃除作業性がより一層向上する。」(同2頁左欄18行ないし20行)

(4)  「【発明の効果】本発明によれば、ホースと把手パイプが接続パイプを介して接続されているから、使用者の掃除作業時にホースがねじれるようなことがあっても、把手パイプに形成された把手部を持って引っ張るだけでホースと把手パイプが互いに回動してねじれが解消される。リモートコントロールスイッチが把手部の前方に設けられているから、把手部の向きとリモートコントロールスイッチの向きが一致し、常にリモートコントロールスイッチが使用者側を向くので操作性がよく使用勝手がよい。また、リモートコントロールスイッチが把手部の前方にあるため、把手部を握っても使用者の手によってリモートコントロール部が隠れることがなく、確実なリモートコントロールを行え、さらに、把手部を待った手でリモートコントロールスイッチの操作ができるので、片手のみで掃除作業を行えることができる。」(同3頁左欄6行ないし20行)

第3  原告主張の決定取消事由の要点

決定の理由1、2は認める。同3の原出願発明の要旨の認定(3頁12行ないし4頁8行)は認める。同3の本件発明と原出願発明との対比(4頁9行ないし17行)は、「本件特許の明細書及び図面にはもっぱら『把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成したもの』が記載されていることなどを考慮すれば、両者の発明は実質的に同一であるといわざるを得ない。」との認定判断を争う。同3の原告の特許異議意見書に対する判断の「原出願の実施例に、把手パイプと離間して把手部を形成する構成以外の構成が記載されていたとは到底いい得ない。」との認定判断は、原出願の図面に示す実施例に限定した認定判断として認める。同3の本件発明の特許の判断(5頁17行ないし6頁8行)は争う。同4は争う。

決定は、本件発明と原出願発明の構成の相違を看過し、両者を実質的に同一と誤認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  発明の認定は、特許請求の範囲に基づいて行うことが原則であり、本件発明と原出願発明との同一性は、それぞれの特許請求の範囲に記載された構成を対比することによって行われるべきである。

2  本件発明と原出願発明は、特許請求の範囲の文言上、本件発明の主要な構成の一部が「把手パイプに把手部を形成し、」であるのに対して、原出願発明の主要な構成の一部は「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し、」であって、構成が明らかに相違している。しかも、その構成の相違により、原出願発明は、本件発明が奏しない「把手部を把手パイプから独立して形成しているので、把手部内を含埃空気が流れず、把手部の径に掃除機の特性が影響されないので、把手部の径を握りやすい任意の径に設定することができる。」との効果を奏するものである。したがって、上記構成の相違は技術的に無意味なものではないから、本件発明と原出願発明とは、実質的に同一の発明ではない。

3  実施例が一つであっても、複数の特許請求の範囲にそれぞれ異なる発明を記載することは可能であるから、実施例が一つしかないことをもって、本件発明と原出願発明が実質的に同一であるということはできない。

第4  被告の反論の要点

1  決定は、本件発明及び原出願発明の要旨を、それぞれの特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認めたうえで、両者を対比している。

2  本件発明は、実施例において、「この曲がりパイプ1には、図2(a)の側面図に示すように、・・・曲がりパイプ1の前部と、・・曲がりパイプの後部とを橋絡してその中間部を曲がりパイプ1から離間して形成した把手部1Aを有し」(本件特許公報2頁左欄26行ないし30行)ており、「把手部1Aを握って曲がりパイプ1を手に持」(同頁右欄27行ないし28行)つことが記載され、図面にもそのとおりのものが示されており、それ以外の図面は一切ない。

したがって、本件発明と原出願発明は、実質的に同一であるといわざるを得ないのである。

第5  当裁判所の判断

1  本件発明及び原出願発明の要旨は、それぞれ決定の認定したとおりであって、これがそれぞれの特許請求の範囲に記載されたものであることは、当事者間に争いがない。

これによると、把手部の構成において、原出願発明が、「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し、」との構成を有するものであるのに対し、本件発明は、「把手パイプに把手部を形成し、」との構成を有するものであるから、原出願発明の採用した「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し」との構成のもののほか、上記構成ではない態様で把手パイプに把手部を形成したものをも含むことは明らかであり、このことは、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に「ここで把手部1Aは、曲がりパイプ1から離間して形成したものとして説明したが、曲がりパイプ1自体を握るものであっても構わない。」(甲第2号証2頁左欄32行ないし34行)と記載されていることによっても裏付けられる。

2  ところが、決定は、「本件特許の明細書及び図面にはもっぱら『把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成したもの』が記載されていることなどを考慮すれば、」(4頁13行ないし16行)として、それ以上の根拠を挙げないままに、「両者の発明は実質的に同一であるといわざるを得ない。」(4頁16行、17行)との結論に至っている。決定の挙げている根拠が事実に反することは上に述べたところから明らかであり、決定がそれ以上の根拠を示すことなく上記結論に至っている以上、決定には、結論に影響を及ぼすべき瑕疵があるものというほかはない。

3  被告は、本件明細書の実施例及び図面に「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し」た、原出願発明と同一のものしか記載されていないことが、両発明を実質的に同一とする根拠になり得るという。しかし、ある発明の特許出願の明細書の実施例及び図面に記載されていないからといって、直ちにそこに記載されていないものが当該発明に含まれないことになるわけではない。まして、本件においては、本件発明の特許請求の範囲に「把手パイプに把手部を形成し」との構成が記載されており、決定も、本件発明の要旨として上記構成を認定しているのみならず、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に「ここで把手部1Aは、曲がりパイプ1から離間して形成したものとして説明したが、曲がりパイプ1自体を握るものであっても構わない。」と明示されていることは前述のとおりであるから、実施例及び図面に他の構成が記載されていないという理由で実施例のものである「把手パイプに把手パイプから離間して把手部を一体的に形成し」たものに限定することは、発明の要旨ではない構成を特許請求の範囲の記載に基づかずに本件発明に追加して解釈するものであって、許されないといわざるを得ない。被告の主張は、採用することができない。

4  なお、決定は、原出願の実施例に把手パイプと離間して把手部を形成する構成以外の構成が記載されていたとはいえない旨認定し、甲第3号証によれば、上記認定自体は正当なものと認められる。しかし、原出願の明細書又は図面に記載されている発明であれば特許法44条1項による分割出願をすることができるから、問題とすべきは、原出願の明細書又は図面における本件発明の記載の有無である。したがって、上記記載の有無はともかくとして(この点は、まず、特許庁において審理判断すべきものである。)、原出願の実施例に記載されていないことをもって、直ちに本件発明の分割出願が不適法であるということはできない。

5  以上のとおり、決定には、その結論に影響を及ぼすことの明らかな瑕疵があるから、決定は、違法として取り消されなければならない。

第6  よって、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

〈省略〉

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例